化けるまちには分からないものに不動産を貸す人がいる

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日本全国の遊休不動産の活用を取材している。そのうちには1軒の建物が活用されたことでまちが変わった例も多く、中でも私が好きなのは熊本市の上乃裏通りだ。

古くから賑わうアーケード街上通りの裏手の、今では若い人で賑わう繁華街だが、30余年前は所有者が取壊しを急ぐ老朽化した木造家屋や駐車場などだけがある寂しい場所。ところが周囲からこんな場所に人が来るわけがないと言われて開業した飲食店が成功、長い時間をかけて変化してきたのである。今では逆に寂れていた時代を知らない人もいるかもしれない。使われていない不動産にはまちを化けさせる可能性が眠っているのだ。

その観点で吉祥寺を見るとすでに化ける余地はないように思われる。チェーン店ばかりで面白くなくなったと言われるようになってすら、空き店舗が出れば早々に埋まるまちである。どこに使われていない隙間があるのか。

だが、2019年11月に取材に訪れた時、私は不明を恥じた。さらりと表面だけを見ていると気づかないが、細かく見ていけばまだまだ使われていない場所があるのだ。

その日、取材したのは吉祥寺駅から歩いて5分ほどの場所にある地下1階、地上3階のビル。老舗洋食店が入っていたビルで、ワンフロアが8坪と狭く、そこに階段、廊下、1階にキッチン、各階にダムウェイター、ミニキッチンもあり、使える面積は限られる。4フロア各階に人を配したら人件費も嵩む。

そんな理由から半年以上空いていた建物である。地元吉祥寺の不動産会社リベスト中通り店の山田妙子氏は当初、止めたほうが良いとの意見だったが、元IT系の、箱に合わせてビジネスを組み立てるというこれまでにない発想の中西功氏は、だから面白いと考えた。そして山田氏はもちろん、建物所有者を口説き、味方に付けて開業に至った。クラウドファンディングやツイッターで集めた人達が壁一面の本棚のひと箱ずつの店主になるというブックマンションである。

このやり方を使えば地方の書店の無くなったまちに多大な負担、リスク無しに本のある空間を生み出せるし、都市の、人を集めにくい隙間に多くの関係人口を作り出せる。店主の個性が作る本棚の面白さに加え、仕組みの将来性に気づいた人達が来街者の少なかった昼間の吉祥寺に全国から集まってきているわけだが、そこで分かったのは吉祥寺に意外に隙間があることだけではない。それをまちを面白くしてくれるかもしれない人に貸そうという意欲のある所有者、不動産会社がいるということだ。

かつての吉祥寺は安価、でも、ここに来ないと買えない良質なモノが売りのまちだったが、これからはブックマンションのように仕組みや考え方、発想が売りになる時代。分かりやすいものが好まれる風潮の中にあって、これから世に出る、ワケの分からない仕組みなどに不動産を貸そうとする人がいることはまちの強みのひとつではないかと思う。

氏名:
中川寛子

所属:
住まいとまちの解説者、株式会社東京情報堂代表取締役

プロフィール:
30数年不動産を中心にした編集業務に携わり、近年は地盤、行政サービス、空き家、まちづくりその他まちをテーマにした取材、原稿が多い。主な著書に「ど素人が始める不動産投資の本」(翔泳社)「この街に住んではいけない」(マガジンハウス)「解決!空き家問題」「東京格差 浮かぶ街、沈む街」(ちくま新書)等。宅地建物取引士、行政書士有資格者。日本地理学会、日本地形学連合、東京スリバチ学会会員。

熊本市、上乃裏通りに最初にできた飲食店壱之倉庫。山鹿市にあった築150年ほどの古い蔵の移築、改装して生まれた古民家レストランとしても先駆の店

地下1階がブックマンション、1階は月替わりのカフェ、2階、3階は今のところ、レンタルスペースになっている

両側に並ぶ本棚のひと箱ごとに店主が異なる。最終的には100店になる予定で、公平を期すため、2カ月に一度場所の移動が行われる。奥に見えているのがダムウェイター