入れ替えられない空間

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ポップアップストアってなんだろう。そんなことを考えながら三重の漁村集落の調査に行った時のこと。

このあたりの集落には、沢の上に生活用水を溜めておく石造りの大きな水槽が置かれていることがある。水道の発達によってもう不要になったそれは、そのまま忘れられたように空っぽの姿を晒しているのだが、九鬼という集落で見たものは、他とは違った姿をしていた。立派な屋根が水槽の上に載せられ、その横にちょっとした小部屋が設けられている。その中から賑やかな話し声がしたので、不思議に思って訪ねてみた。

10畳ほどの部屋だろうか。声の主は綺麗な白髪の二人のお婆さんで、ベンチに縦に腰掛けて、一人がもう一人の背中をマッサージしながら、あれこれ世間話をしているところだった。そして石づくりの水槽がむき出しになった片側の壁の前には小さな祭壇が設けられ、2体の仏様が祀られていた。

「これはね、昔は水を溜めていたのさ。でも水道ができたので使わなくなって、前にお賽銭箱を置いておいたの。そうするとお金が溜まって、使い途が無いから、大工の子に頼んで、屋根つけたり、部屋つけたりしたのさ。普段はこうやって近所でお喋りしているのさ」

実に見事な空間ではないだろうか。

何もないところに空間を成立させようとするとき、私たち(A)は空間をつくるための資源を集め、運営するための資源を集める仕組みをつくる。ビルを建てる時に銀行Bからお金を集め($B)、ビルを運営するために利用者Cからお金を集める($C)。$Cの合計から$Bを引き去ったものが収益$Aであり、Aは$Aで食べていく。$Aと$Bと$Cのバランスがとれたところで空間は成立するのである。

九鬼の水槽も、基本的には同じ仕組みである。しかし、そこで貨幣が最小限の役割しか果たしていないことに違いがある。私たちが資源を集める時に貨幣を介在させるのは、資源を速く集めたいからだ。ビルを建てる材料を持っていないから貨幣で購入する。しかしもし友達が材料を持っていて、彼が完成するビルの一部と引き換えに材料を提供してくれるのであれば貨幣は不要である。しかしそんな友達はなく、友達づくりから始めないといけないので、時間を短縮するために便宜的に貨幣を使っているのである。

しかし貨幣に頼りすぎてしまうと、空間が貨幣によって調達可能なもので埋め尽くされることになる。コンビニが抜けたあとに弁当のチェーン店が入るといった具合に、常に入れ替え可能な空間であり、「全国どこにでもあるつまらない町」はそのようにつくられている。

こういう空間をいやだなあと思ったら、貨幣の役割を減らしていくしかない。何でもかんでも貨幣で速く調達しようとしないで調達に時間をかけてみる、あるいは九鬼の水槽のように、時間をかけて作り出された貨幣を使わない調達の仕組みに空間を任せてみるということだ。

ポップアップストアは入れ替え可能な空間と、入れ替えられない空間のどちらを目指すのだろうか。筆者としては、たくさんの入れ替え可能な空間の間に、ふっと九鬼の水槽のような、入れ替えられない空間が現れるようになると面白いのではないかと考えている。

九鬼の水槽

氏名:
饗庭 伸

所属:
首都大学東京 都市環境科学研究科 都市政策科学域 教授

プロフィール:
都市の計画とデザイン、そのための市民参加手法等について研究。また国内各地の現場において実際のまちづくりに専門家として関わりそれに必要なまちづくりの技術開発も行う。近年のテーマとして人口減少時代における都市計画のあり方に関する研究に取り組む。著書『都市をたたむ』では、「都市とは、豊かな生活をしたいという目的のための手段の集合体」と説く。